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優しい雨粒
そりゃ俺にだって機嫌悪い日くらいあるさ。
くだらない雑事を山ほど片づけて、疲れ切ってようやく帰ってきたら最愛の恋人はいないし。
「どういうことだよもう」
LINEで【今から帰る】って入れたら既読ついたから、家に帰ってると思ったのに。
今日彼女が受け持ってるクラスは早い時間で終わるはずなのに。
もう外は暗いのに、一人でふらふら出歩いてるんだろうか。
全く油断ならないな、アレックスは。
だけど今は電話をする気にもならない。
だって何度も暗くなってから一人で出かけちゃダメだって言ってるのに。
一度くらい知らんぷりしてやる。
ていうか、今日はもう疲れたんだ。
カウチにごろんと横になって、目を閉じるとすぐに睡魔がやってきた。
「…ヤ。おい、タツヤってば」
ぺちぺちと頬を叩かれて、沈んでいた意識が戻る。
薄く目を開けると心配そうに膝立ちでこっちを覗き込んでくるアレックスの顔が見えた。
「大丈夫か?」
小首を傾げて尋ねてくる青色の瞳は、眼鏡の向こうにあるから真意までは透けて見えない。
俺と一緒じゃない時にホルターネックのトップス一枚で出掛けてたなんて、大丈夫?って聞きたいのはこっちの方だよまったく。
だけど寝起きの回らない頭で、クドクド言ったって彼女に通じるわけないことは俺が一番分かってるから、そのことには触れないことにした。
「…何が?」
溜息交じりに言った声が思ったより低く出た。
ぱちぱち、と大袈裟に瞬きをして、アレックスはじーっと俺を見る。
それから何を思ったか、立ち上がると部屋の照明をフロアライトに切り替えてカウチに戻ってきた。
"Hey honey"
蜂蜜みたいに甘い声が降り注ぐ。
シャラリと軽い音を立てて引っ張られるのはいつものリングのついたチェーン。
"Yes my Bebe?"
彼女が'その時'最初に俺にする行為が、これだ。
首からチェーンを外す。
それから大事そうにリングにキスを贈って、少し離れたところに置く。
いつもリングを隠すようにチェーンを巻くように重ねるのが、目隠しするみたいに見える。
儀式のようなそれを終えて、ようやく自分の眼鏡を外す。
ギシリとカウチのスプリングが揺れた。
裸眼のアレックスはいつもより少しだけ慎重に動く。ゆっくりとカウチに乗り上げて、じわりじわりと顔を近づけてきた。
いわゆる馬乗り状態ってやつだけど、さらさらと金糸が自分に流れてくるのはいつ見ても綺麗で視線を奪われる。
仔犬や仔猫がするように鼻を摺り寄せてきて、彼女はもう一度じっと俺の瞳を見た。
"You look worn out"(くたくたみたいだな)
労わるような声音と小さな無数のキスが落ちてくる。
鼻先に、額に、頬に、耳に。
優しくて甘い雨粒がランダムに落とされていくのが心地よくて暫し目を閉じる。
俺だけに降る幸福な雨。
やっぱり君にはかなわないなあ。
そう思いながら瞼を押し上げる。
"Is that so?" (そうかな?)
軽く腰を持ち上げて聞けば、アレックスはくすくす笑い出した。
"OK.Let's hook up my baby" (よし、いちゃいちゃしよう)
本当はいつだって君を濡らすのは俺の方がいいんだけど、たまにはいいかな。
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twitterで素敵な氷アレ絵があがっていたのにひゃっほいして書きました。
"You look worn out"ってアレックスの台詞の直前くらいをイメージして、にまにましていました。
ちっ、氷室さんのやつめ、羨ましいぜ。
…とか思う可哀想な社畜は明日もお仕事がんばりまーす。